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凄い先輩に学ぶ

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プロフィール

前田智大 前田智大
 能開センターに4年生から通塾し、灘中学校に合格。その後、灘高校を経て東京大学に進学。1年次にマサチューセッツ工科大学(MIT)へ転学し、現在はアメリカ在住。高校時代には「科学の甲子園」に灘高校リーダーとして出場し、準優勝。また「国際生物学オリンピック」に日本代表として出場、銀メダル獲得。MITでは電子工学を学び、コンピュータービジョン、イメジングの研究をしている。International Conference on Computational Photographyで唯一の学部生の筆頭著者として論文を発表、最優秀論文賞を得た。趣味はブレイクダンス。

 かつて能開センターで一意専心学習に取り組み、灘中学校・灘高等学校から東京大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)にダブル合格を果たし、今年MITを卒業、大学院に進学予定の前田智大君。こうしたことがなぜ可能だったのか?いかにして課題を乗り越えてきたのか?その秘訣を貴重な体験談とともに、これから中学受験に臨む後輩たちにアドバイスしていただきました。皆さんの学力とモチベーションを高めるためのヒントになれば幸いです。

特別な人間ではない僕がなぜ灘に合格できたのか

 こんにちは。今日は「最高をめざそう!」と題して、僕の話をさせていただきます。これまで2回ほど、同様の機会がありましたが、ちょっと遠慮がありました。そこで、今日はこれまで以上に妥協せず真剣に話そうと思いますので、よろしくお願いします。

 さて、まず「なぜ僕は灘に合格できたのか?」です。意外に聞こえるかもしれませんが、僕自身はそんなに特別な人間では決してありません。生まれながらの秀才でもエリートでもありません。ちなみに、僕は灘中に最低点を何点上回って合格できたと思いますか?

 実は合格最低点をたった6点だけクリアして、つまりギリギリで合格したのです(笑)。なにしろ、6年生の夏前6月になって、ようやく目標を灘に定めたのですから。そのとき、合格可能性は30%程度だったと思います。でも、僕は中学入試の「最高」を、つまり灘をめざそうと真剣に決意したのです。女子の方は女子の「最高」の中学受験に置き換えて聞いてくださいね。

 この、「最高」をめざそうと真剣に決意すること、自分自身の意志で心の底からそこに到達しようと思うことが自分にとって夢のような目標を実現する第一歩だと思います。

 では、真剣に決意した後は具体的にどうすればいいのか? 気になるでしょうが、それはちょっと待ってください。先に、「なぜ最高をめざすべきなのか?」「最高をめざすとはどういうことなのか?」がわかるお話をしたいと思いますので。

灘ならではのユニークでおもしろい高校生たち

 皆さん、灘校のイメージってどういうものですか? 東大や京大などの難関大学、また難関の医学部に合格者多数ということがまっ先に頭に浮かぶのではないでしょうか? 秀才たちが集まるエリート進学校のイメージですね。「これで人生安泰」と思う人もいるかもしれません(笑)。

 外から見えるある一面では間違っていませんが、これだけではずいぶんとつまらない学校です。でも、内側から見ればまったく違うのです。

 スクリーンをご覧ください。

 これは僕たちが高校3年生のとき文化祭で仕掛けた、アメリカの有名な「TED」をもじって「NED」と名付けた灘生によるプレゼンイベントの案内です。

 左端は僕です。僕は「国際生物学オリンピック」に日本代表として出場、銀メダルを獲得した経験などを話しました。
 僕の右の比護くんは、中3のとき最年少で「ニュース検定」1級に合格した男で、彼は毎日名古屋から新幹線通学していました。その車中で新聞3紙を閲読するのが日課だったそうです。

 その右は生徒会長の南藤くんで、彼は全国の高校生徒会長たちが集まって勉強する会を組織し、また灘高を日本代表として率いてディベートの世界大会に出場、5位と活躍しました。
 4番目の張くんは中学時代よりプログラミングを始め、世界的な人気を集めたアプリを開発したクリエイターです。大学でも勉強とは別な方向をめざし、会社を起こしました。

 その横の矢倉くんは張くんといっしょに起業した男なのですが、彼はすでに高2のときプログラマーとして優秀で、ハッカーの世界大会に出場。また、コンピュータ・バイオロジーの論文を書き、その研究大会で国内優勝して、渡米して発表していました。
 一番右端の大森くんは「国際物理オリンピック」日本代表で銀メダリスト、かつディベートの世界大会ではジンバブエ代表です。ジンバブエ代表というのは、南藤くんたちと日本代表4名で大会に臨んだのですが、出場枠は3名だということで、ちょうど2名しかいなかったジンバブエに加わったというウソのような本当の話です(笑)。

 それぞれ、おもしろいでしょう。こんなユニークな連中、仲間がわんさかといる学校が灘なのです。

同方向での「挫折」から異質な「最高」をめざす

 どうして灘にはこんなにおもしろい連中がたくさんいるのか? それは僕自身の経験に照らせば、灘に入ると「挫折」を体験するからだと思います。
 僕はいま言いましたようにギリギリの成績で入学して、だから少しでも挽回しようと数学を必死で勉強しました。それこそ、合格後はふつう気をゆるめるのに、春休み返上で早速勉強を再開したくらいです。

 僕は同じ頑張るなら目標を持とうと、「数学オリンピック」出場をめざして頑張りました。自分では「これでもか」と相当やり込んだつもりでした。ところが、数学オリンピックにはあと1点差で全国大会出場に届きませんでした。内心、「あと1点だから惜しかった。よく頑張ったよな」と思ったら、何と僕と同じクラスから数人が全国大会出場をあっさり決めていました。「あ~あ、何なのだ。上には上がいる」と正直落ち込みました。

 では、どうするか? 自分がそれが好きでとことんやり切れる、だから一番になれる可能性がある、そんな、人とは違う「最高」をめざすオンリーワンの道を歩もうと思いました。僕にとっては、それが生物学でした。ほかの人にとっては、それが物理や英語であったり、コンピュータやスポーツであったり…。

 灘校というのはそういう「多様性」の場なのです。同方向の勉強で勝ち抜いてきたと思ったら、その中でもあることに関してずば抜けた才能を持つ人たちがごろごろいる。これではこいつに勝てないという、いわば「挫折」を味わう。そこで、人と同じ方向ではなく、むしろ異質な方向にそれぞれが歩み始めていく。

 結果として、自分が持っていないことを互いに補い合うような形で、互いに刺激し合うことになります。それぞれが自分しかできない好きなことを極め、それぞれの「最高」をめざしていく。その多様性をリスペクトし合う。

 勉強もOKですし、スポーツでもOK、何ならお笑いでもOKです。分野・テーマは何でも良くて寛容です。つまり偏差値だけではない多様なモノサシで、人間として認め合い尊敬し合う。これが「最高」の学校、灘校の魅力です。そこには個性と自由があります。

 こんなふうにして、僕は灘校で「最高」をめざして、好きなことやりたいことを追求し楽しんでいました。文化祭では、プレゼンのほか、ブレイクダンスを踊りました。また、甲南高校との伝統の定期戦では応援団として奮闘しました。そのほか、「科学の甲子園」に灘高チームを率いて準優勝。シンガポール開催の「国際生物学オリンピック」に日本代表として出場し、銀メダルを獲得しました。

「最高」の人との出会いが僕の背中を押してくれた

 さて、MITへの進学も、「最高」の人との出会いが僕の背中を押してくれました。「すぐにでも海外留学をしたい」という気持ちが本当はあったのですが、自分で自分に「できない言い訳」をして逃げていました。英語に堪能な帰国子女ではないからムリだとか、大学院からでも遅くないとか、研究なら東大でも十分じゃないかとか…。要するに「最高」をめざしてはいなかったのです。

 1つ年上でハーバード大学に進んだ先輩がいました。この人は15歳までイギリスにいた帰国子女で、灘高に主席入学して堂々たるスピーチをしていたような方です。この人がハーバードから一時帰国して、灘でテレビ取材を受けていたとき、海外の大学へ「前田なら半々でいける」と言ってくれたのです。

 僕はうまく乗せられたのですが、さまざまな困難はすべて打っちゃってその日のうちに「よし行くぞ!」と決意しました。そして本当に行ったのです。自分の「最高」を実現したのです。そんなふうに言ってくれたのは、「最高」の学校・灘の「最高」の先輩だったからこそです。多様性と寛容、個性と自由を身につけた先輩だからこそ言えたのだと思います。

 MITでのことも少し話しておきましょう。マサチューセッツ工科大学は名前の通り、アメリカ東海岸マサチューセッツ州(州都ボストン)にある、世界大学ランキング最高の理系大学です。同じケンブリッジ市内にはハーバード大学もあります。
 キャンパスに着くと、新入生歓迎のために大きなローラーコースターが組んであり、学生たちが歓声を上げて乗っていました。さすがモノづくり大好きの理系大学ですが、こんなものまで作ってしまうなんて、遊び心が満載なのです。また、学生寮の地下にはパーティースペースがありDJブースまであります。勉強と遊びのメリハリが利いた大学だと思います。

 僕はここで電子工学を学び研究しています。生物学から脳に興味を持ち、そこから電子工学に今は取り組んでいるのです。相当に打ち込んでいます。専門学会で、学部生としてはただ一人参画して研究論文を発表、最優秀論文賞を受賞したりもしています。

 以上、ざっと僕のこれまでを話してきました。小学生のとき、中学受験に臨んで以来、常に意識してきたのは、「最高」をめざすということです。それでは、最初の話、皆さんへのアドバイスに戻りましょう。

目の色を変えて、ひたすら正しい方向へ努力する

 「最高」をめざそうと真剣に決意すること。それが自分にとって夢のような目標を実現するための第一歩だと言いました。君たちには、まず目の前の中学受験をそんなふうにして乗り越えていってもらいたいと思います。

 いま自分が立っている位置、そして目標がある位置。その間には大きな隔たりがあります。それは楽には越えられない距離です。思わずあきらめたくなるほどの距離感です。それでも目標にたどり着きたいという心の底からの思い、くじけずあきらめない決意、それを体現する努力。これがあるかどうかです。

 結果から見れば、合否の違い、その差はごくわずかです。僕の例で言ったように、ほんの数点の差なのです。自分がなすべきことをやり切れれば、本当にやり尽くせれば、必ず合格できます。君は真剣に努力していますか? 自分に甘えを許さず、妥協せず、やるべきことをやり続けていますか? それは「目」を見ればわかります。

 真剣に「最高」をめざしているなら、目の色が変わります。僕は中学受験のとき、灘を目標に定めたとき、起きている時間はわき目も振らず、ひたすら勉強しました。東大、MITをめざしたときも同様です。必死に努力しないで「最高」に到達できるはずがありません。

 では、ただがむしゃらに頑張ればいいのか? もちろん、違います。方向性を見誤った努力では期限までに目標に到達できません。たとえば、できる問題ばかりをくり返したり、理解できていないのにわかったふりをしたりするなど、自分の「できない」をごまかすような勉強は方向が間違っています。

 いまの自分から逃げたりごまかしたりせず、理解できていない自分を自覚して向き合い、理解できるようまっすぐに努力する勉強が正しい方向です。先生の指示にきちんと従って勉強する、間違った問題をしっかりとやり直すなど、同じミスをくり返さないようにする勉強が正しい方向です。

厳しく自分を見つめ、「最高」を追求する努力を楽しめ

 冷静に自己批判すること、人にも自分にも甘えないことが大切です。これがなければ、自分が本当に勉強しなければならないことがわかりません。まず自分自身の力で努力すること、その上で自分がわからないことははっきりとわからないと申し出て、先生に遠慮なく指導を仰ぐことです。

 恥ずかしがらず、ためらわずにまっすぐに苦手をつぶしていく。自分がやれること、やらなければいけない勉強をやり尽くすこと。わざわざ睡眠時間を削ることはありません。ただし、起きている時間、自分が自由に使える時間は、目の色を変えて、とてつもない努力を積み重ねていくことです。

 そこから逃げ出し、さぼったり遊んだりしたくなるのは、実は「最高」をめざしていないからです。自分の勉強がつまらないからです。自分自身が真剣に望んでいるのではなく、誰かにやらされていると思っているからです。本当に「最高」をめざしている人には余分な時間はなく、一日もムダにしません。

 「最高」は自分から本当に望んでいる人にしか手に入りません。何となくめざしているだけなら、絶対に「最高」には手が届かないのです。また、自ら望んでいることはやがて好きになり、その追求は楽しみに変わります。わからなかったことがわかるようになり、できなかったことができるようになるからです。

 合格して中学校に入ってからも同じです。何となく東大をめざす勉強はとてもつまらないものです。好きなことを「最高」に追求すること。それが自分の「最高」を手に入れる正しい方法です。そのとき、「最高」を追求する努力はきっと楽しみに変わっています。

 ですから、君たちも自分を厳しく見つめ、自分の「最高」をめざして徹底的に努力してください。時間を惜しんで、やるべきことを正しくやり尽くしてください。そして「最高」への努力を楽しんでください。僕も先輩として「最高」の場所で君たちを待っています。