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特別座談会 最難関選抜Sクラス指導者たちが語る“合格指南”

プロフィール

鳥居 輝良

Sクラス統括責任者 鳥居 輝良
能開センターの最難関受験指導を強力に領導。上本町校設置のSαクラスで陣頭指導にあたる。

今井 康裕

梅田校Sクラス算数担当 今井 康裕
旧逆瀬川進学セミナーを主宰。縁あって能開センターに入社、阪神北摂エリアのSクラスを担う。

奥原 圭貴

上本町校Sαクラス算数担当 奥原 圭貴
上本町校日曜実戦Sαクラスで鳥居とともに算数を指導する。αクラスの次代を担う一人。

 鳥居がαクラスのために独自に磨き上げたシステムを拡張運用する新生「Sクラス」が、鳥居の恩師・今井、また伴走者・奥原を指導者に加え、満を持してのスタート。灘をはじめ最難関中入試に抜群の威力を実証してきた“αメソッド”がいまヴェールを脱ぎ、その真価を発揮する。注目の3人に語っていただきました。

中学受験のパイオニア塾講師から能開センター入社に至るまで

――何と鳥居さんの恩師に当たる今井さんが初登場です。まずは自己紹介をお願いします。

今井 私は大学の頃から今に至るまで、ずっと中学受験指導に携わって参りました。ずいぶんと長い年月になります(笑)。最初、1970年代前半のことになりますが、新聞の求人広告で見つけた、中学受験塾として草分け的な存在となる、北摂のある個人塾で教えていました。いくつかライバル塾がありましたが、一番の目標はやはり灘中合格で、互いに実績を競い合っていましたね。

 当時、塾は社会的にはマイナーで、今と比べればまだ私学受験のために塾に通うことが珍しいというか、やや特殊な時代でした。全国的には中学受験や通塾がまだ一般化しておらず、そういう教育文化がようやくブームとなって立ち上がろうとしている時代でした。目新しかったからこそ、私たちのパフォーマンスがテレビなどマスコミによく取り上げられました。

 しかし裏を返せば、現在の普及につながる教育文化の端緒が確かにあったわけで、あちこちの塾に、当時として先進的な進学戦略意識をお持ちのご家庭の子どもたちが広く集まり、しのぎを削り合っていました。指導する私たちも、新時代のエリートを養成する新しい教育、新しい文化を担っているという使命感めいたものがあり、いま以上に熱を帯びて指導していましたね。それが行き過ぎて、スパルタ教育になることもありました。

 そのうちに全部自分で思い通りにやってみたくなりまして、独立しました。教室を開いた場所にちなんで、逆瀬川進学セミナーと名づけ、16年間続けました。教え子となる鳥居さんと出会ったのはそこでです。しかし、いつの間にか中学受験をすることがすっかり当たり前の時代になり、私のような古い個人塾スタイルでは成り立ちがたくなり、最後の後始末を今度は講師となった鳥居さんに託して教室を閉じることにしたのです。

 その後、私自身はある大手塾に入り、一指導者に戻りました。そこで私はやはり経営者などではなく、指導者なのだと改めて自覚しましたね。私のエネルギーの源泉は授業です。子どもたちに元気をもらって生きていたのです(笑)。そこでの一通りのことをやり終えて区切りがついたところで、運命でしょうね、今度は鳥居さんのいる能開センターに移ることになったのです。

原点となった厳しくも楽しい先生の授業と計算競争の思い出

鳥居 今井先生は私にとって2重の意味での「師匠」であり、2番目に出会った「神様」です。このような形で再び一緒に仕事ができるとは夢にも思いませんでした。感激至極です。

 小5のとき、母子ともに何も知らず、たまたま隣駅にあった逆瀬川進学セミナーのチラシを見て、入塾することになったのが先生との出会いでした。私は私にとって初めての「神様」である父にあこがれ、父が卒業したのと同じ学校をめざして通塾することになったのです。後で知ったのですが、先生はすでに中学受験界では名を知られる超カリスマ講師でした。

 その教室はビルの2階にあり、初めて駆け上がったとき、いきなりぶつかった大きな人が今井先生でした(笑)。先生はスーパーマンでした。生徒の一瞬の甘えや驕りの心を許さぬ厳しさを持つ反面、世の中のすべてを知っておられるかのようで、算数については目からウロコの驚きと楽しさに満ち満ちた授業の連続でした。まさに神様でした。

今井 鳥居さんは3期生でしたね。優秀でした。特に算数はよくできましたね。私の教え子の中でも随一と言ってもいいと思います。そういう彼との、むかしの思い出の中でも一番印象に残っているのはある計算テストでの出来事です。私はいつも子どもたちといっしょに計算テストの競争をしていて、一度も負けたことがありませんでした。その日も確か複雑な分数計算が10問でしたね…。

鳥居 その日のことはよく覚えています。先生に勝てば宝塚ホテルでご馳走してもらえるということで、私たちはこれをめざして必死でした。「始め!」の合図とともに鉛筆を滑らせ、最後の問題を解いて、プリントを裏返す。一番でした。「やった!」と心の中で大きく叫んでいました。ところが、一問まちがっていたのです。私はイスからひっくり返ってしまいました(笑)。

今井 あはは、そうでしたね。私に初めて土をつけたと思わせたのが鳥居さんでした。彼を筆頭にあの代はみんな優秀でした。クラスのほとんどの子が灘に進学しましたね。

鳥居 残念ながらご馳走は逃しましたが、一瞬でも「先生を追い越せた」と思えたことはその後の自信になりました。先生の厳しくも楽しい指導の中で、中学受験の“頂”に挑戦することとその意義を肌身で教えていただきました。これが私の指導のいまも変わらぬ原点です。

αの「やってみなはれ」と“本物の学び”をSクラスへ展開する

――懐かしくも楽しい話が尽きませんが、ここで話題をいったん切り替えさせてもらいます。Sクラスについてです。今井さんにも早速このSクラスに関わってもらっています。鳥居さん、お願いします。

鳥居 はい。αクラスで実践してきたことを2倍に拡張する、これが新しいSクラスでやってみたいことです。能開センターのトップゾーンを50名から100名の規模に倍増させます。ポイントは2つあります。その精神と方法論です。

 αクラスのαクラスたる意味はその“αスピリット”にあります。関西風に申し上げれば、「やってみなはれ」です(笑)。やる前から自分を小さく決め付けないで、まずチャレンジしてみる心。そして、やるからには上限を設けず、とことん自分を信じてテッペンをめざす心です。このαスピリットでSクラスを満たすことはもちろん、能開センター全体をも薫化していきます。

 もう1つは、αのカリキュラムとシステム、すなわち“αメソッド”への信頼です。5年間の検証で確信が持てました。間違っていないと。2018年度入試においては、現状の枠組みでの最高の結果も出せました。誤解がありがちなのですが、灘に灘対策は役立ちません。毎年それを超えて出題されるのが灘入試です。ですから、思考力そのものを磨く“本物の学び”しか、これに対応できないのです。αではこの本物の学びを一貫して追求してきました。そして、αメソッドは灘以外の最難関と言われる各入試にも必ずや有効だと確信しているわけです。

 Sクラスは、従来のα(灘、東大寺、洛南女子が目標校)、β(東大寺、甲陽、洛南)、女子最難関(洛南、西大和、四天王寺医志、神戸女学院)を包含しつつ、現状の枠組みを打ち破るクラスコンセプトです。Sクラスとして、αのスピリットとメソッドで裾野を広げつつ、最終的にはこれまで以上の高みをめざします。
 即応可能な改善策も立案・実行します。まず、拡張・発展させたSクラスのコンセプトのもと、広くセンサーを働かせ、自分の可能性に気づいていない子たちを私たちが見つけ、今まで埋もれていた才能をより広く発掘することに改めて努めたいと思います。能開センターには、頂点をめざせる子がもっといます。

 毎年のことながら、夏を経て秋冬へと学習を深めていく中、ふとした瞬間に「この子、ここまでできるようになったのか」と、子どもたちの中で開花しつつある能力に大きく目を見張ることが、一度や二度ならずあります。長い指導歴を持つ私たちが驚かされることが本当に起きるのです。保護者の方も、お子さまの可能性をもっともっと信じてほしいと思います。

 また、αクラスでは「Spécial α」や「プラスα算数」と名づけて、他クラスに先んじて演習・指導のフレームを拡充してきました。今後、Sクラス全体に同様の仕組みの導入を推し進め、より充実した指導内容と演習量を確保していきたいと考えます。このような、まだ手付かずだったすぐにも改善可能な余地が能開センターにはまだあるのです。

垂直統合と水平展開、受験者と指導者の最大化への能開の2つの戦略

鳥居 6年生の前期は「最難関選抜Sクラス」として総合的に学びの核心を培い、後期はこれを受けて分化・展開し、これまでとは一味違った「αクラス」「βクラス」「女子最難関クラス」として、それぞれの目標に向けてよりダイナミックかつ精緻に指導を進化・深化させてまいります。
 αクラスは従来どおり上本町校に設置しますが、今年度から奥原さんに私といっしょに算数の指導に当たってもらいます。

奥原 よろしくお願いします。私は昨年まで「東大寺プロジェクト」のリーダーの任にある一方、実は鳥居さんが次々に開発されるαクラス教材のチェッカーを2年間務めてきました。それを通じて、αの骨格を学び、αの伴走者としてしっかりと走ってきたつもりです。ようやく日の目を見る思いです(笑)。

今井 まさに満を持してのスタートですね。期待しています。

奥原 大先輩の今井さんに励まされると緊張してしまいます。

鳥居 では、私から(笑)。今回のSクラスは言わば垂直統合ですが、もう一方で水平展開、つまり地域展開を私は志向しています。そのためにはこれを担える人材が多く必要です。その大切な一人が奥原さんなのです。奥原さんにはαのスピリットとメソッドを自家薬籠中のものとしてもらいます。そして奥原さんのような方が増えていくことがSクラスを、またαクラスをさらに強く大きく育てていくことに結びつくのです。

 灘をはじめ最難関中学校への挑戦者をまだまだ増やすことは十分可能です。そのための第一関門が「やってみなはれ」で、受験者にも指導者にもチャレンジ精神が必要です。そういう意味で、新しいSクラスと奥原さんたちの踏ん張りに能開センターの未来がかかっています。

奥原 はい、わかりました。がんばります。

鳥居 大ベテランの今井先生には、これまでの実績と経験を存分に活かし、能開センターにとってはまだまだ後発地域である阪神北摂エリアでのSクラスの開発に当たっていただきたいと思います。

今井 わかりました。入社した限りは“役に立ってなんぼ”です。鳥居さんも遠慮なく何なりとご注文ください。

鳥居 ありがとうございます。頼りにさせてもらいます。

今井 私の授業ホームは梅田校になります。早速、春期講習では新5・6年生の指導とともに、新2年生対象の体験講習も受け持たせてもらいました。とても可愛らしくて、楽しかったですよ(笑)。私には難関受験指導専門のイメージがあるかも知れませんが、まったくそんなことはありません。むしろ、オールラウンドプレーヤーですね。

どこであれ何であれ、自分をどこまでも高めていく場にしたい

――鳥居さんは、今回の今井さん入社のこと、前から知っていましたか?

鳥居 いいえ、直前まで知りませんでした。バラバラの道を歩むようになってからも、年に1、2度お会いしてはいたのですが…。今年の入試後、いつものようにお会いするアポイントメントをとる際、何か違った様子で妙だなと思っていたら、顔を合わしてすぐに「実はね…」とお話をいただきました。

 まさかとたいへん驚きましたが、感激の方が大きかったですね。と言いますのも、先生と一緒に仕事をするということが私の中で消化不良に終わったままだったからです。

 父はとうのむかしに私の神様であることをやめてしまいましたが(笑)、今井先生は神様のままです。ずっと先生と一緒に仕事がしたかったのです。これからも自分を叱っていただき、またその姿や言葉から学ばせていただければと思っています。

今井 面と向かって言われますと何とも照れますが、これからは同じ仲間であり、鳥居さんの指示を受ける立場でもあります。私も鳥居さんから学びたいと思います。よろしくお願いします。

奥原 師弟再会の場となり盛り上がっていて、私はどうすればよいのかわからないのですが(笑)、最後に灘校文化祭の見学会(5月3日)について紹介させてください。
 能開センターでは“αスピリット”涵養のため、灘校文化祭の見学会を毎年実行しています。灘校は私立の最高峰でありその代表校です。その文化祭はほぼすべて生徒の手だけによって企画・運営されます。内容はとんでもなくアカデミックなものから、ご存じ鉄道研究会の催し物や“女装”コンテストなどに至るまで、硬軟織り交ざり、たいへんヴァラエティーに富んでいます。中学生高校生によるものとしては日本一の水準の文化祭だと思います。勉強ができるだけではない、生の灘校生を直に知ることができます。

 最難関校の入試を突き抜けた先にある、あこがれの学校文化・生活を間近に感じ、これから自身の学習にいっそういそしむ刺激にしてもらえたらと思っています。灘校はあくまで参考にして学ぶべき代表校です。ですから、灘以外を志望する男子や女子も参加できますし、大いに学べます。能開センターでは計6台のバスをチャーターして引率いたします。(※本見学会は会員生対象です。また、今年の参加申し込みはすでに締め切りました。悪しからずご了承ください。)

鳥居 大事なことは自分をどこまでも高めていく志だと思います。それをどこであれ何であれ、学んでいってほしいと思います。能開センターは、私たち指導者を含めてそういう者であり場でありたいと思います。

 ――本日はありがとうございました。

小6「土曜α特訓(灘)」「日曜実戦α(灘)」小5「最難関算数特訓」

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