「本質をつかむ力」が理三合格への道を拓いた。東京大学理科三類合格 大山智輝さん NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

「本質をつかむ力」が理三合格への道を拓いた。

東京大学理科三類合格 大山 智輝 さん

東京大学理科三類への合格という高い目標を見事達成した大山さん。勉強を楽しむことの大切さ、苦しい時期の乗り越え方、そして夢を叶えるまでに大切にしてきた考え方について、同じく能開で学んだOGがインタビューしました。受験生時代のリアルな思いとその歩みをお届けします。

文・写真=さのりえ

東大で始まった、新しい日々

学園祭、友人たち、のびのびとしたキャンパスライフ

―――大山くん、東京大学理科三類(以下、東大理三)の合格おめでとうございます。大学生活が始まり約3ヵ月ですが、いかがですか?

同級生は良い人たちばかりで、大学生活が楽しいです。5月の『五月祭(※)』では、クラスのみんなで唐揚げの屋台を出して、新入生部門で2位をとりました!

※ 五月祭…… 東大の本郷キャンパスで毎年5月に開催される学園祭。秋の「駒場祭」と並ぶ東大の二大イベントの一つ。

―――私も東大の学生さんたちって、明るくて素直な方が多い印象なんですよね。

そうなんです。やはり頭が良いな、という人たちばかりなのですが、間違いがあると「自分が違っていたわ」とすぐに認められるところや、お互いをリスペクトしあえる感じがすごく良いな、と思います。明日から始まるサッカーW杯も、僕の家に友達が集まって観戦する予定なんですよ(※)。

※ サッカーW杯…… 2026FIFAワールドカップ。取材日の翌朝に開幕戦が行われた。

―――大学生活、満喫していますね。東大の本郷キャンパスも、緑が多くて心地が良いですね。

のんびりしていて、過ごしやすいです。全体的にのびのびとさせてくれる感じが東大らしいんじゃないかなと思います。
ただ受験した日はこの門の周りに、塾講師みたいな人たちが受験生の応援のためにたくさん集まっていて……。「都会、怖いな」と思いながら、会場に向かったのを覚えています。懐かしいですね。

―――理三を目指したきっかけはなんですか?

父が医者だったので、自然と、医学部を志望していました。勉強していると物理や数学も好きになったので、研究者なども魅力的なのですが…… 僕はとにかくご飯を食べることが好きなので(笑)。
良いお給料をもらって、美味しいご飯をいつも食べられるようになりたい、と思ったら「やはり医者かな!」と。

受験会場となった東京大学農学部前の「農正門」にて NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

受験会場となった東京大学農学部前の「農正門」にて

空きコマに東大のクラスメイトとサッカー NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

空きコマに東大のクラスメイトとサッカー

五月祭での集合写真。大山くんは上段右から3番目 NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

五月祭での集合写真。大山くんは上段右から3番目

理科三類を目指すまで

医師の父、東大生の兄、そして「自分もできる」という感覚

受験会場となった農学部1号館 NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

受験会場となった農学部1号館

―――そういうモチベーションも大事ですよね(笑)。ご両親からは「医者を目指すなら勉強しなさい!」と言われたことはありましたか?

ほとんど無いです。むしろ父はしょっちゅう、「家の中にばかりいないで運動しろ!」と言ってきました。
実は2つ上の兄も今、東大の理科一類(以下、理一)に在籍しています。兄はずっと成績が良くて、あんなに賢い人はみたことがない、というほどです。2011年に東日本大震災があった時、当時兄は5歳、僕は3歳だったのですが、家が停電していた暗闇の中でも、兄は懐中電灯をつけて図鑑を読んでいたんです。すべての好奇心が知の探求に向かっていた兄でした。

―――家の中にそういう存在がいたのは、影響が大きかったでしょうね。

はい、かなり。僕は図鑑は読まなかったけれど、兄という面白い生き物が家の中にいて(笑)、兄を観察して、色々なことを吸収してきました。
兄は東大の模試でも、理三がずっとA判定だったんです。慶應大学医学部の特待生(※)にもなっていました。それは理三でも上位10人くらいなんですよ。医学部には興味がなかったみたいで、理一を選んだのですが、行こうと思えば理三にも余裕で来られた人なんです。

※ 慶應医学部の特待生…… 一般選抜入試の成績上位10名程度に与えられる資格。1〜4年次の学費が免除され、東大理三クラスの最難関受験生が競い合う。

入学式の日にお兄さんと NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

入学式の日にお兄さんと

―――凄すぎるお兄さんですね。

だから、ずっと兄が僕の基準でした。「兄には追いつけないけれど、理三に入るくらいなら僕もできるかな」、という思いも若干あったと思います。
一方で小さい時の僕は、遊んでばかりでいつも走り回っている子どもでした。小学生の時も成績はあまり良くなくて、自信もなかったです。

―――それは意外です。小学時代はあまり勉強しなかったのですか?

小学4年生から能開に通っていたのですが、家で自分で勉強するという習慣がなかったせいだと思います。先生たちは一生懸命発破をかけてくれたのですが、塾でみんなと過ごす楽しさの方が勝っていたのかもしれません。

──わかります。能開の授業では、私もはしゃいで笑っていた思い出の方が多いです。

そう、僕もずっと笑っていました。他の塾に行っていた友達が、授業が辛かったとか、あの先⽣が怖かったとか、話しているのを聞いたことがあります。能開のクラスメイトとは、そういうネガティブな話は出てこないんですよね。

勉強が楽しくなった転機

予習がくれた、心の余裕と自信

―――成績が上がるターニングポイントはあったんですか?

兄が、何学年も先の分まで予習をする人だったんです。僕もそれが当たり前なのかな、と思っていて、小学6年生の時に中学数学の予習を始めました。兄に「まずは何をしたらいい?」と聞いたら、リビングに転がっていた『生き抜くための中学数学(※)』という本を指して、「これを読めば良いんじゃない?」って。

※ 生き抜くための中学数学…… 芳沢光雄著、日本図書センター刊。サブタイトルは『中学数学の全範囲の基礎が完璧にわかる本』

―――お兄さんもそれで予習していたんですかね。

そうだと思います。優しめの内容の本で、とりあえず自分も読むことにしました。小学6年の1月ごろから中学1年の5月にかけて読破して、中学の数学はそれですべてさらいました。

―――予習は本当に大事ですよね。精神的な余裕が生まれるというか。私も成績が上がった時は、予習していた時でした。

そう、のびのびと学べると言いますか、その時に分からなくても心理的ダメージが少ないのが良いんでしょうね。授業も、ずっと集中して聞き続けるのは辛いです。予習していると、分からないところが初めから明確化されているから、授業も効率的に受けられます。集中するところと緩めるところなどが分かるので、良いなと思います。
そうして中学3年生で受けた模試で、東大の合格ラインを余裕で超える偏差値を取れてしまったんです。当時、高校2年生の兄が東大を目指していたのもあったし、「僕もいける」と自信がついて、東大の医学部、理三受験を意識し始めました。

―――理三を目指す、と言った時、周りの反応はどうでしたか?

高校1年生の頃、親や周りに理三を目指すと宣言したのですが、母は受験をする時までずっと半信半疑だったみたいです(笑)。「本当にいくの? 医学部なら他でもいいんじゃないの?」と。
父は「好きなところにいけ。浪人したとしても、それも良い経験だ」と言って、背中を押してくれました。
高校は中央高校の東大・医進Vコースに在学してはいたのですが、先生たちからも「絶対に東大に行け!」というプレッシャーはなかったです。

能開で育った、学ぶ嬉しさ

笑い学んだ時間が後のブースターに

―――本当に自主的に、理三を目指したんですね。勉強を楽しめる感覚も強かったのでしょうか?

勉強は楽しかったです。能開は中学に入って一度辞めていたのですが、高校のゴールデンウィークごろから改めて、能開のオンラインゼミ(現・NOKAIオンライン)に通い始めました。そこでまずは物理の授業映像を一気に見て、予習しました。
オンラインでも能開の授業は全然堅苦しくなくて、エッセンスをうまく教えてくれるというか。物理などは特にイメージが大事だと思うのですが、そういうのに重きを置いていて、初学としてとても良かったです。

―――オンラインスクールって本当にたくさんあって、自分に合ったところを見つけられるかどうかが成績を左右しますよね。

思い返すと小学生のときも、そのころはまだ勉強自体は嫌だったのですが、能開に来て新しい知識を得られることの嬉しさ、知らないことを知れた時の成功感、みたいな感覚はたくさん育ててもらいました。そういう体験が、中学から一気に勉強した時のブースターになってくれたかもしれないです。

東大本郷キャンパスの正門から安田講堂に続く並木道にて NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

東大本郷キャンパスの正門から安田講堂に続く並木道にて

―――能開のほかに塾は行っていましたか?

小さい頃から英会話教室と、中学2年生からは他の塾にも通いました。「飛び級ができる」という謳い文句に興味が湧いて、行ってみました。実際に飛び級のクラスに在籍することができて、数学と、物理を受けましたね。

苦手を越えた先に見えたもの

数学の壁と、知識が体系化される瞬間

―――勉強に関して、苦労したことはなかったのでか?

結構ありましたよ。中学2年生の時に、高校の数IAの二次関数をやっていた頃、解いても解いても全然分からなくて。「あ、これはまずいかな」と思いました。半日、泣きながらずっとチャート(※)を解いて、でも分からなくて。そういう日々が半年ぐらい続いたんです。

※ チャート式参考書…… 数研出版が発行する、高校数学の定番問題集。難易度ごとに本のカバーの色が分かれている。

―――青チャートですか?

青チャートをやっていたのですが、途中で諦めました。あれは問題量が多くて、どんどん数学が嫌いになってしまいますよね。黄チャートなど少し難易度の優しいものにして、それを何度も反復する方が効果的みたいです。実際に有名中学でも、青ではなく黄色を配っていると聞いたこともあります。

―――難関大学を目指すなら、青じゃなきゃダメだと漠然と思ってしまっていました! なるほどの理論ですね……。そういう勉強法など、お兄さんに教わることはありましたか?

兄は「自分で考えることが大事だ」というタイプでした。突き放す感じではないのですけれど、いつもヒントだけくれました。 それで、数IAで煮詰まっていた時に、一旦気分を変えて数IIをやってみたんです。数IIでも二次関数を使って問題を解きますよね。そうしているうちに、だんだん知識が体系化されてきて……。「あ、そういうことだったのか!」と気づいて、数IAも解けるようになったんです。壁を乗り越えた、という感覚でした。

東大生たちに共通する「本質をつかむ力」

公式の奥にある意味まで考える

―――点と点がつながって、全体像が見える感じですよね。私にその感覚が出てくるのは社会人になってからです。高校生の時からできているなんて、さすがですね。

理三の同級生たちも、僕と似た感覚を持っている気がします。大学の授業を「寝ていた」と言って休むくせに、一夜漬けで勉強して、誰よりテストで良い点数をとっていくような同級生がいるのですが、その人がこの間言っていたんです。「自分は本質をつかむ練習をしてきた」と。

駒場キャンパス初登校日 NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

駒場キャンパス初登校日

入学式の会場風景 NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

入学式の会場風景

東京大学医学部付属病院 NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

東京大学医学部付属病院

―――ただ覚えて、公式を当てはめるだけではない、と。

はい。公式を覚えれば解けるようになるけれど、それだけではその奥までは届かない。そこを埋めるように、ちゃんとそこの裏にあるものを考える、ということだと思います。
例えば物理の問題で、「これは運動量保存の法則が使えるパターンだ」と覚えるのではなくて、「合計が0だからこの式が出てくるんだ」と全体像を理解する……。なんでこの公式が出てきたのかとか、そういう奥の方までちゃんと掘る。「そういう勉強法をしてきたよね」という会話をしました。確かに自分もやっていたし、周りにいた他の同級生も、うんうん、と頷いて聞いていました。

―――確かにパターンを覚えて解くのが通用するのは、高校3年生の夏ぐらいまでですよね。

そして、この壁を超えるのが一番難しいと思います。本質の掴み方って、慣れてくるとコツが分かってくるのですが、それまでの道のりがとても大変なんですよね。

―――でも、それができたら、勉強が益々楽しくなりそうです。

楽しいですね。兄も結局、本質を捉えることが上手いんだと思います。例えば食卓で、いきなり数学の話を僕と兄が母に聞かせる時があり(笑)。 僕の言葉だと上手く伝わらないのに、なぜか兄が説明すると母に伝わるんです。多分、本質がわかっているから言語化もちゃんとできていたんだなって振り返ると思います。

―――食卓で数学の話を始める兄弟なんて、大山家らしい風景ですね(笑)

受験期直前の苦しさと、立て直す力

判定が落ちた時期をどう乗り越えたか

―――成績が落ちたことはなかったですか?

ありました。高校3年生の秋です。多分、予習の貯金が尽きたんですよね。東大理三の判定がCやDになってしまいました。夏まではB判定を取れていたのですが、秋になって下がり、結構ダメージが大きかったです。

―――その時期って、それまで部活とかをやっていた人たちが受験勉強に本腰を入れ始めて、急に成績を伸ばしてくるイメージですよね。

確かに理三の同級生は、部活をしっかりやっていた人が多いですね。ハンドボールとかテニスとか、バスケットボールとか……。理三は学年が約100人で、その8割が有名進学校出身なのですが、そういう学校の人たちこそメリハリをつけた生活の仕方が上手い気がします。

―――大山くんの生活リズムはどうでしたか?

僕は大体時間を固定していて、朝6時半に起きて、夜は11時から12時の間に寝ていました。大体7時間くらいの睡眠が必要だなと自分で分かっていたので、それを続けていました。

―――私の代でも志望校に受かる子って、ちゃんと睡眠をとっているイメージがありましたよ。

寝ないと追い込まれますよね。ちゃんと寝ることは大事です。兄も、寝る時間が早いんです。受験期には夜の9時に寝はじめて(笑)。「なんだこいつは……」と家族が震え上がりました。まあ、兄なら大丈夫だろう、って思ってもいたのですけれど。

合格に近づくための勉強法

反復、教科書への立ち返り、集中のスイッチ

―――これから受験をする後輩たちが、「本質をつかむ力」を身につけたいと言ったら、何をアドバイスしますか?

最初は公式を覚えて当てはめることからスタートするので良いです。それをとにかく反復することが大事だな、と僕は思います。一度解いた問題集を、とにかく反復する。やり込むほど、だんだん見え方が変わってくるんですよね。
そしてふと教科書に立ち返ると、それまで適当に読み流していた一文が、実はすごく重要なことを言っているなと気づくんです。反復して、立ち返って、というのを繰り返して、磨いていってください。

―――物事の根本を突き詰めるって、面白いですよね。

公式を使って機械的に、早く計算できることももちろん楽しいと思うのですけれど、その上にもう一つ楽しみがある、みたいな感覚ですよね。結局、勉強は楽しくないとやっていけないと思っています。

お兄さんの背中を見て学んだことで、他にも後輩たちにシェアできることはありますか?

うーん、集中力をつけること、ですかね。兄が中学3年生の時に、高校の予習を始めたんです。その時の兄はもう狂ったように勉強していましたね……。その姿をよく覚えています。能開の自習室にいた時にちらっと見ると、兄だけ明らかにオーラが違うんですよ。集中力が、とてつもなかったんです。
これは理三の同級生たちを見ていてもそうです。それまで気楽に話をしていたのに「勉強しようぜ」と言って一緒に図書館に行くと、急にスイッチが入って、とてつもない集中力を発揮するんですよね。

受験日を思い返し感慨に耽る NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

受験日を思い返し感慨に耽る

―――大山くん自身も、周りから「集中力があるね」と言われるんじゃないですか?

僕も言われる方だとは思います。集中力を出すためのルーティンを作っていました。例えば、60分で解かないといけない問題セットを、30分で解くんです。一度解いたことがあるものを、もうひたすらに速く手を動かして解く。そうすると僕は集中するスイッチが入るんですよね。

―――スイッチを入れるルーティーンなんて、アスリートみたいですね。高校3年間で、自習時間が2400時間に達したと聞きました。

あくまで結果論というか、気づいたらそれくらいやっていたという感じです。勉強時間ばかり追っていると中身が伴わないし、続かないと思います。「このタスクをこなすために、このくらいかかってしまった」みたいな感覚が良いんですね。
理三の同級生で僕より受験試験の点数が高かった人は、3500時間くらいは自習していたと聞きました。
……能開の「できるまで」って覚えていますか? 問題を渡されて、わかるまで答えを教えてくれなくて、全部できるまで帰れないという(笑)。小学時代にクラスで取り組んだ、あの時間を度々思い出すんですよね。

―――能開って楽しい記憶と一緒に、しっかり追い込まれた思い出もありますよね(笑)。

「適当にやるな」「食らいついていけ」という教えと言うんでしょうか。執念、根性……。うん、根性ですね。根性を出して問題に向き合う体験が小さい頃にあったことは、大きかったなと思います。
今年の東大新入生には、僕が知っている範囲だと理二と理三に一人ずつ能開OGOBがいます。彼らとは能開トークで盛り上がります。「まるバツチェックやったよね」とか。

能開高校部で記録した勉強時間累積シート NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

能開高校部で記録した勉強時間累積シート

目標は「東大理三」と書き続けた NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

目標は「東大理三」と書き続けた

一緒に頑張る仲間を見つける

孤独ではなく、支え合いながら高みを目指す

―――お話は尽きないんですけれど、これから受験を控えている後輩たちに「これだけは伝えておきたい」というアドバイスはありますか?

そうですね。大まかにいうと2つあります。1つは、一緒に頑張れる人を見つけることです。
僕の同学年で、盛岡一高で理三を目指している人がいたんです。その人とは頻繁に連絡を取りました。僕が理三のD判定をとって脅威を覚えていた時期も、その人と「一緒に頑張ろう」と言い合えたから、理三志望を貫けたと思っています。

―――孤独で頑張るのは、限界がありますよね。きっと向こうも、大山くんに支えられていたのかなと思います。

そうかもしれません。二人とも合格できた時に実はそう言ってくれて、嬉しかったですね。「お前が頑張っているから俺も頑張れた」みたいなことを言ってくれました。
結局、自分一人だと勉強しないけれど、塾に行ったらとりあえず友達がいるから、頑張って勉強できた、ということはよくあったと東大の同級生たちも言っています。周りの良い空気感を作るという意味で、一緒に頑張れる人を見つけるというのはすごく大事だと思います。

―――同じ高みを目指した仲間って、大人になっても縁が続くんですよね。人生で貴重な存在になると私も実感してます。
中高・大学と良き友人に恵まれたことを語る NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

中高・大学と良き友人に恵まれたことを語る

高校時代にやり込んだ参考書や問題集(一部) NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

高校時代にやり込んだ参考書や問題集(一部)

―――ちなみに、悩んだときや苦しかったときに、先生や周りの大人に相談することはありましたか?

はい。塾の先生にも学校の先生にも、いろいろ相談しました。

―――私は自分の受験時代を振り返ると、追い込まれているときほど、うまく周りに相談できなかった記憶があるんです。そのあたりは、大山くんはどうしていましたか?

そうですね。僕の場合は、漠然と「やばいです」と言うのではなくて、ある程度自分の中で整理してから相談するようにしていたな、と思います。悩みをそのままの形で投げてしまうと、やっぱり相手もアドバイスしづらいんですよね。有益な助言をもらうためにも、まず自分で少し分析する。「ここはこうだと思うんですけど、どう思いますか」と、自分なりの考えを持ってから聞くようにしていました。
そうすると、先生の方からも「君の場合は、ここよりもそっちを意識した方がいいと思うよ」とか、より具体的な方向を示してもらえるように感じます。

病院での実習も始まったばかり NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

病院での実習も始まったばかり

―――なるほど。相談する前に、一度冷静になって考えをまとめてみる。先生たちとコミュニケーションをとる上で、大事なポイントかもしれません。

そう思います。ただ逆に、友達の前ではそんな自己分析は一切せずに(笑)、「ああもう、やばいやばい!」と言っていました。特に深く話し合うわけではなく、ただ「やばいよな」「うん、とりあえず頑張ろう」「おし、やるか」みたいな。それだけでも、かなり気持ちは楽になりました。
そのおかげか、受験期も特に孤独感はなかったですね。もちろん、僕が実際に戦う相手は、都心の有名進学校の人たちが多かったです。でも、そこに対して特別に「自分には手の届かない存在だ」と思うことはありませんでした。こちらもこちらで準備はしているし、やるべきことは積み重ねてきている。だから、変に怖がるというよりは、「かかってこいや」ぐらいの気持ちで向き合えていました。

―――その強さは、地方から難関大を目指す後輩たちにとっても、すごく励みになる言葉だと思います。

最後に必要なのは、自分を信じる力

「自分ならできる」と思えることが、本番の支えになる

2つ目のアドバイスは、自信を持つことですね。経験から来る自信ではなくて、とにかく「自分ならできる」と思い込む。僕が受験をした時、歴代最難関というくらい試験内容が難しかったんですよ。得意の数学でアドバンテージを持ちたかったのに、全然解けなくて。ただその時に、「僕が解けないなら周りも無理だろう」と切り替えました。いつも開き直るのは良くないけれど、本番の時などは必要だと思います。

―――普段も、そういう考え方は大事かもしれないですね。「辛いのは自分だけじゃないんだ」と。

はい。「みんなここは苦しんでいるな」と思えば良いと思います。「ここでできたら、周りと差をつけられるな」と、僕は何事もプラスに捉えてきました。

―――すごく大事なアドバイスですね。2つとも、受験にはもちろん、社会に出ても大切な気がします。大学の先の進路は、何か考えていますか?

そうですね。臨床と研究、どちらもできる人にはなりたいと思っているのですが、本当にコロコロと興味は変わっていて……。僕はやっぱりご飯を食べるのが好きなので(笑)、糖尿病などを研究してみたら面白いかな、と最近は思い始めています。

―――数年後にまた大山くにインタビューできたら、どんなことを聞けるか今から楽しみですね。心から応援しています! 今日はありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

(取材日:2026年6月13日)

TOMOKI OYAMA NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター
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TOMOKI OYAMA

岩手大学教育学部附属小学校、盛岡中央高等学校附属中学校、盛岡中央高等学校 東大・医進Vコースを卒業。2026年度、岩手県内では18年ぶりとなる東京大学理科三類合格を果たす。能開センター盛岡校に小学4年生から6年生まで、高校部に高校1年生から3年生まで在籍。好きな食べ物はラーメン。

編集後記

さのりえ(左)と立花先生(右)NOKAI OBOG INTERVIEW '26|能開センター

さのりえ(左)と立花先生(右)

大山くんは、お話の随所に非凡な知性を感じさせながらも、決して飾らず、自然体で言葉を選ぶ姿が心に残りました。
合格へと導いたのは、本人の努力はもちろんのこと、ご家族や先生方をはじめとする周囲の環境も大きかったのだと思います。一方で、その環境や応援を引き寄せたのもまた、大山くん自身の誠実な姿勢だったのではないかと感じました。
黄色チャートの反復と先取り学習のお話は、私も中学生のうちに聞いておきたかったです……。

profile
RIE SANO

岩手県立盛岡第一高等学校、早稲田大学人間科学部卒業。ブリッジポート大学大学院修了。東日本大震災復興支援員『釜石リージョナルコーディネーター』広報、FMラジオパーソナリティなどを務めた後、現在はドキュメンタリー映像ディレクターとして活動。能開センター盛岡校には中学1年生から高校1年生まで在籍。好きな野生動物はマヌルネコ。
→ youtube にて盛岡市動物公園のアフリカゾウを追ったドキュメンタリーを7月より公開

あとがきに代えて
「努力の天才」が教えてくれたこと

東大理三への合格。その一報を聞いたとき、胸が震えるような感動とともに、当時の彼の姿が鮮やかに蘇ってきました。

私は彼の小学時代に算数を指導しておりました。当時、彼はスポーツも勉強も全力で楽しむ、いわゆる「優秀な男の子」でした。しかし、正直に申し上げれば、最初から周囲を圧倒するような、いわゆる「神童」としての輝きを放っていたわけではありません。東大理三という日本最高峰の舞台は、生まれ持った一握りの天才だけが到達できる世界なのだと、私自身どこかでそう思っていたのかもしれません。

しかし、彼はその常識を、自らの努力と成長で見事に覆してくれました。まさに、当時の「できる子がすごい子に」なっていく、その軌跡を彼は私たちに見せてくれたのです。

思い返すと、彼の強さは「勉強を義務として義務的にこなす」のではなく、クラスメイトたちと競い合い、一問一問に一喜一憂しながら、まるでゲームを楽しむように切磋琢磨していた姿にありました。特に印象的だったのは、その見事な「スイッチの入り方」です。さっきまで楽しく笑顔でやり取りしていたかと思えば、問題演習に入った瞬間、ガラリと目つきが変わる。そして「絶対に自力で解くぞ」という、あのひたむきな粘り強さ。あの光るような集中力こそが、彼の非凡な素地だったのだと今になって確信します。

もちろん、彼一人の力だけではありません。超優秀な背中を見せ続けたお兄さん、温かく支え続けたご家族、そして共に励まし合い、高め合った友人たち、そして彼に関わったすべての指導者。「人は人によって磨かれる」。その言葉通り、彼は最高の環境の中で、周囲の刺激をすべて自分のエネルギーへと変えていきました。並大抵ではない努力の末に、彼は自分自身の可能性をどこまでも広げ、「なれる最高の自分」を掴み取ったのです。

彼と縁があり、あのキラキラとした小学生時代に一緒に楽しく授業をさせてもらえたことは、指導者として、そして一人の人間として、私の財産です。「努力で夢は掴み取れるものなんだ」という大切なことを、私自身のほうが彼から教わった気がします。

ここからは、また新しい旅の始まりです。医療の道という、さらに大きな世界へ羽ばたく彼が、これからも持ち前の粘り強さと素敵な笑顔で、多くの人を救い、進む先でさらなる成功を収めることを、心から祈願しております。

能開センター 岩手本部

立花 雅志

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